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中之条ビエンナーレと祖父母と私と

中之条ビエンナーレ作品コンニャク系&カイコ系全員集合

本日9/13(金)、ついに中之条ビエンナーレが始まりました。群馬県の中之条町というところで行われる2年に1回のアートイベントです。

今回、私は作品展示ではなく小作品販売という形で参加させていただくことになりました。中之条駅前のインフォメーション&ショップ・通運ビルにて取り扱っていただきます。

実は私、中之条および群馬とは浅からぬ縁がございます。何を隠そう母が群馬出身で、中之条よりもさらに奥にある無人駅から、ハイヤーで何十分もかけて山を登ったところに母の故郷はあります。

私が今のように作品を展示するようになったのはここ3、4年のことなのですが、その始めの頃に知り合った作家さんに中之条ビエンナーレの常連作家さんが多くいらっしゃり、色々とお話しをお聞かせいただき、母の故郷のすぐ近くということもあり、いち鑑賞者として「次回は行ってみたい」という憧れをずっといだいていました。

そして、一昨年の2011年、ちょうど中之条ビエンナーレ開催期間に、母の中学生の時の同窓会がまさに中之条近くで行われることになり、それに合わせて私も中之条の四万温泉に泊まってビエンナーレに行くことになりました。初中之条ビエンナーレです。

ところが、同窓会に参加する当の本人、つまり母が直前に緊急入院することになってしまったのです。

緊急入院と書くと大事のようですが、実際は入院担当の医師や看護師さんたちが「あれ?げ、元気だよね?」と首を傾げる程の軽い症状で、5日間の入院中に土日祝が入ってしまったため、実質的な治療は1日半だけで、おまけに部屋がなくて個室になってしまったために、まさにベッド代だけ払うような入院でした…。

しかし、もちろんのこと大事をとって同窓会はキャンセル。私の初中之条ビエンナーレもお流れとなってしまったのです。

ということで、今回ついに初めて中之条ビエンナーレに行けるわけです。しかも、小作品販売という形ですが、一応参加者として!

中之条ビエンナーレ作品カイコ系

故郷に錦を飾るというのも大袈裟ですし、私の故郷ではないのでなんか違う感じもしますが、鑑賞者としてだけでなく、参加者としても中之条ビエンナーレに行けるのはとても嬉しいことです。3、4年前の私には想像すらできなかったことです。

そんな、色々な思い入れのある中之条ビエンナーレ。今回出品させていただくのは、コンニャク系の被り物をした人たちとカイコ系の被り物をした人たちです。蒟蒻も養蚕も、群馬の特産品ですが、なぜこのふたつをモチーフに選んだのかと言うと、私の祖父母が生業として手掛けていたものだからなのです。

少し説明させていただくと、私は母が30代後半の時に産まれ、その母は祖父母が40代に時に産まれたため、祖父母がもし今生きていたら、軽くギネス級になってしまいます。二人とも19世紀末産まれです。二人とも昭和20年代に亡くなってしまったため、私は当然会ったことがありません。

そんな二人は、所謂農業を営んでいたわけですが、農業といっても所有しているのは物凄い急斜面の蒟蒻畑程度であまり利益も上がらず、畑以外に養蚕、養蜂、竹籠編み等、様々な仕事を細々と行っていたそうです。貧乏だったそうです。

ご存じの通り、私の作品の多くは人間が様々な生き物等の被り物をしたものですので、今回も群馬や中之条に生息する生き物を被らせるというのも考えましたが、ここはやはり、会ったこともありませんが、自分のルーツである祖父母に所縁のある物を作ろうと思い、コンニャク系とカイコ系の人たちを制作しました。

それぞれに色々な制作エピソードがありますが、今回は割愛させていただきます。でも、コンニャクちゃんが予想以上の反響でちょっとビックリしました。思ってたよりもインパクトがあったみたいです。コンニャクちゃん。

中之条ビエンナーレに来場される皆さん、そして中之条の皆さんに喜んでいただければ幸いです。

中之条ビエンナーレ作品コンニャク系

ところで、私の祖父母は今、自分達が耕していた蒟蒻畑に土葬、しかも座棺(つまり座ったポーズで棺桶の中に入っている)に入って眠っております。いつの時代の人たちだよ!江戸時代かよ!と思いますが、昭和20年代の群馬の超山奥の中ではそれが普通だったんですね。

二人のお墓には一回行ったことがるのですが、本当に急斜面の中腹に無理矢理立てられてて、超高所恐怖症の私は登ったはいいが、あまりの急傾斜に失神寸前になって両方から人に支えてもらわないと降りれない状態となり、絶対に二度とここには登るまいと心に誓ったものでした。祖父母には悪いと思いますが。

とにもかくにも初中之条ビエンナーレ、とても楽しみです。
おじいちゃんとおばあちゃんも土の中で待ってるしね!
(※お墓参りには行きません)